並ぶ招き猫

招き猫は日本人にとって身近な存在ですが、

意外とが多いと思いませんか?

 

招き猫の由来はいくつもあるんですが、

今回は特に有名な東京都世田谷区豪徳寺の説を中心に他の説も3つ紹介します。

 

猫が大大大好きな私がおもしろい説を見つけてきたので、楽しんでいってくださいね♪

 

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武士が猫に救われた!?豪徳寺説を解明

刀

豪徳寺にはこんな言い伝えがあるそうです。

 

江戸時代、貧乏寺だった豪徳寺の前を鷹狩り帰りの井伊直孝(彦根藩藩主)一向が通りかかりました。

すると1匹の猫がこちらに手招きしているので、

不思議に思った直孝は豪徳寺に寄ってみることにしました。

 

寺の住職が直孝達をもてなし、説法を聞かせていると、外は大雨に…

雨に濡れずに済んだ上、説法まで聞けたと喜んだ直孝は豪徳寺を支援し、豪徳寺はまた栄えることができました。

 

その後、かわいがられた手招き猫が亡くなると住職は墓をたて、その姿をかたどった人形を

「招福猫児(まねぎねこ)」と称えました。

この招福猫児が福を呼んでくれると評判になり、現代に伝わっていったのです。

 

このお話、猫好きとして見逃せない点があります。

猫が手招きしたあと雨が降ったというところ…これは猫の習性によるものでしょう。

 

雨が降る前などの湿気が多いとき、

アンテナ代わりのヒゲが湿気で重くなり、感覚が鈍ってしまうのを防ぐため、猫は顔を前足で洗います。

 

この洗う仕草を手招きと勘違いしたのではないでしょうか。

 

現在の豪徳寺

豪徳寺の招き猫

現在の豪徳寺の招福堂というお堂には、招福観音が祀られていて、

絵馬掛けには絵馬ではなく絵猫が掛けられています。

 

奉納所には豪徳寺で売られている白い招き猫が無数に返納されていて、すごい光景です!

見るだけでもご利益がありそうなくらいです笑

300~5000円でいろいろな大きさの招き猫が売られているみたいなので興味のある方は是非足を運んでみてください♪

 

その他の説

 

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・今戸神社説

江戸時代、ある老婆が貧しさゆえに飼い猫を手放しました。

 

その晩、夢にその猫が現れ、

自分の姿をかたどった人形を作れば、福徳を授かることができると言うので老婆はそのとおりにし、

浅草寺の参道で人形を売り出したところ大好評。

 

これをきっかけに招き猫が広まっていったという説です。

 

この老婆は招き猫を今戸焼で作ったといわれています。

今戸焼発祥の地は今戸神社とされているので、招き猫発祥の地を名乗っているのだとか…

 

今戸神社は夫婦の神様が祀られていて、縁結びで有名なので、

今戸神社の招き猫は良縁を招いてくれるかも…?

 

・自性院説

室町時代、江古田・沼袋原の戦いで

劣勢に立たされた太田道灌(どうかん)に猫が手招きして自性院に導きました。

 

これをきっかけに盛り返すことができた太田道灌はこの猫の地蔵を奉納。

猫地蔵を経由して招き猫が成立したという説です。

 

この猫地蔵は節分の日のみ公開されるそう。

 

また、自性院の参道入り口には、

体長1mを超える巨大な招き猫の石像があるようです。

そんな迫力のありそうな招き猫、一度は見てみたいですよね。

 

・中国説

猫は千年以上前に、唐から日本に渡来したものといわれており、

猫が面を洗い耳を過ぎればすなわち客至る」という内容の故事も中国から伝来しました。

この故事により、

手招きした猫が人を招くと考えられたのが招き猫のはじまりだとする説です。

 

そもそも猫が唐から渡来していなければ、

日本で招き猫が生まれることもなかったのかもしれませんね。

 

招き猫は猫の本能が招いたものだった!

顔を洗う猫

豪徳寺に伝わる招き猫のお話では、猫のおかげで武士と住職に福が舞い込み、

住職がその猫を称え招き猫を作ったのだとわかりました。

 

豪徳寺の住職からしてみれば、

この猫ちゃんは癒しをくれるだけでなく、福を招いて豪徳寺を栄えさせてくれたのですから、

それはもう神様のような存在だったのでしょうね。

 

その姿を人形にしたのも納得です。

また、今戸神社説、自性院説、中国説も簡単に紹介しました。

数ある招き猫の由来を知ったうえで、招き猫発祥の地巡りなんて楽しそうですよね♪

奥深い招き猫に魅了されること間違いなしです!

 

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