十字架

「宗教」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのが、仏教やキリスト教ではないでしょうか。

日本の仏教にも多くの宗派があって、それぞれ考え方やお経が違いますが、

これは、キリスト教も同じです。

ひとくちにキリスト教と言っても、いろんな宗派や考え方があるんですよ。

 

今日は、

【キリスト教の宗派の違い】

の入門編をまとめてみました。

 

キリスト教の東西教会とは?5宗派の違いをゆる〜く解説!

祈り

キリスト教には数多くの宗派(正式には教派と言いますので、以下教派と書きます)が存在します。

ちなみにキリスト教では、

教派のことを『○○教会』と呼ぶことが多いです。それでは代表的な教派を紹介しますね。

 

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『初代教会』

キリスト教成立最初期の教派。

今ある多くの教派も、この初代教会が前身となってできたものです。

 

〜西方教会と東方教会〜

初代教会以降、大きな教派の分裂がありました。

それが、

【西方教会】【東方教会】の分裂

この分裂から、

  • 西ローマ帝国で発展→『西方教会』
  • 東ローマ帝国で発展→『東方教会』

です。

今、たくさん存在する教派の多くも、この二つに大別することができます。

 

『西方教会』

カトリック

『カトリック教会』

西方教会の源、代表とも言えるのが、

この『カトリック教会』。

ローマ教皇を中心とした教会で、現在のキリスト教の中で最大規模の教派

バチカン市国に総本山を構え、ローマ教皇をトップとしています。

イエス・キリストと聖霊(スピリット)といった存在を認めて、創造主である神と「三位一体」といった教えを基本にしています。

カトリックでは教会の地位が高く、教皇をトップとしたピラミッド型の組織ができあがっています。

教会の管理は神父(司祭)が行い、

カトリックの聖職者には婚姻が認められていない】のも大きな特徴ですね。

 

『プロテスタント』

カトリック教会から分離独立した教派の総称。

プロテスタントとは「抗議する者」の意味。

世俗権力と結びついたカトリックの腐敗に抗議することから、その流れが始っています。

ルターが指導者となって起きた【宗教改革】の後、ローマ教皇庁から別れた教派

中学生ぐらいの歴史の授業で習った、【宗教改革】を覚えていますか?

この宗教改革で、カトリックから分離した1つが『プロテスタント』なんです。

  • ルーテル教会
  • 改革派教会
  • メソジスト教会
  • パプテスト教会

などなどのような教派が、

プロテスタントに含まれています。

まだ一般の信者が聖書を所有できなかったカトリックの時代に、プロテスタントは「各々が聖書を読むべきだ」という考え方を主張しました。

また、神と人との仲介者として、

イエス・キリストのみを認め、教皇の存在を認めなかった】のも特徴です。

聖職者は牧師で、教会の仕事をするというだけで、他は一般の人と変わらないという位置付け。

またプロテスタントでは、

「あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。」

という聖書の教えを守っているため、

教会に彫像が存在しません。

 

『聖公会』

プロテスタントと同じく、

宗教改革でカトリックから分離した教派。

カトリックとプロテスタントの中間のような考え方や思想をもつ教派

と言えます。

 

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『東方教会』

正教会

『正教会』(ギリシャ教会)

東西教会の分離の際に、カトリック教会と対立したのが、この『正教会』です。

東欧・中近東を中心に広がった、

世界最古のキリスト教の教派であり、『東方教会=正教会

を表す場合もあります。

カトリック(西方教会)とは違って、

三位一体のうちの“聖霊”が子であるイエス・キリストからも発するとは認めておらず、「父なる神からのみ発する」という考え方が特徴。

この違いが、カトリックとの分裂の一因に!

正教会も神父がいて、各国の独立した教区の中にカトリック同様に聖職者の縦割りの社会ができています。

 

『東方諸教会』
  • 非カルケドン派
  • アッシリア東方教会

からなる教派。

東方教会に含まれていますが、実は…

正教会から分離した教派ではなく、東西教会の大きな対立が起きる以前に、すでに初代教会から分離していた教派

なんです。

東西分離運動とはまったく別物として、

「もともと布教していた地域が東ローマの辺りだったから東方教会に括られている」と考えたほうがよさそうですね。

初代教会から独立した東方諸教会は、

他の初代教会を前身としている教派とは“キリスト論”が異なっている】のが特徴です。

 

現在、主となるキリスト教の教派としては以上ですが、その他にも本当~に多くの教派が存在しています。 

 

東方教会と西方教会に分裂した理由とは?

聖書

395年にローマ帝国が東西に分割されました。

その後476年に西ローマ帝国が滅亡

このような時代を経て、東西両教会の交流が徐々に徐々に薄くなっていったそうです。

 

その後、数百年の間に…

  • 教義の解釈の違い(フィリオクェ問題等)
  • 礼拝方式の違い
  • 教会組織のあり方の違い(教皇権に対する考え方の違い、司祭の妻帯可否等)

等のすれ違いが増大していったんですね。

そうした流れの最後の一撃が、

1054年の事件!

「ローマ教皇」と「コンスタンディヌーポリ総主教」が相互に破門

という事件です。

日本においては、分裂の年はこの1054年とされていることが多いです。

この相互破門自体は東西双方から解消されているんですが、未だに東西両教会の【合同】は成立していないのですね。

 

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