3匹のサル 

日光東照宮にはという三猿という有名な木彫りの猿があります。

見ざる・聞かざる・言わざる」と言えば一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

三猿を実際に見たことがある人は分かると思うのですが、まるで三匹が生きているかのように精密で表情も豊かなんですよ。

今にも飛び出してきそうなくらいです!

 

様々な噂の1つに、実は4匹目がいるのではないか?と云われています。

歴史好きの私にとっては見逃せないですね♪

 

今回はこの三猿の隠された真実と由来を紹介していきます!

 

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見ざる聞かざる言わざるとは?

サルの置物

三猿の彫刻があるところは、

神厩舎・三猿(しんきゅうしゃ・さんざる)です。

 

神厩舎は昔からご神馬を猿が守るとされている場所で表門を入ってすぐ左にあります。

分かりやすい場所にあるので、すぐに発見できると思いますよ。

 

三猿とは、

  1. 目に手を当てている猿
  2. 耳を手でふさいでいる猿
  3. 口を手でふさいでいる猿

のことで神厩舎には他にも8つの猿の彫刻があります。

 

それぞれ8枚の猿の彫刻には人の人生を表しており、より良い生き方というのを示してくれています。

 

そして、この目に手を当てている猿、耳を手でふさいでいる猿、口を手でふさいでいる猿は、

人間がまだ幼少のときを表しています。

 

小さい頃は様々なことに興味を湧きがちだが、

悪事を見たり、言ったり、聞いたりせずに素直な心で育っていくようにという意味です。

 

まあ、個人的にはいいこと悪いこと色々やってみて学ぶものじゃないかと思っているので、

この三猿の人生訓にはあまり賛成はできませんね。

 

4匹目の謎は次の起源を理解しないとスッキリしないので、それまで楽しみにしていて下さいね♪

 

三猿を作った理由と様々な起源

インドのおきもの

三猿の起源は正確には分かっていません。

ただ有力な説が2つあるので紹介しますね。

 

1.インドのラーマーヤナ説話(古代インドの大長編叙事詩。ヒンドゥー教の聖典の一つ)

主人公ラーマの本体たるヴィシュヌ神(ヒンドゥー教の神)の転化で、三猿はハヌマーン(インド神話におけるヴァナラの1人)変形だと言われています。

 

2.孔氏の論語

この中で、

  1. 礼節(れいせつ)にそむくことに注目してはいけない
  2. 礼節にそむくことに耳を傾けてはいけない
  3. 礼節にそむくことを言ってはいけない
  4. 礼節にそむくことを行ってはいけない

と四つの戒めからきているという説があります。

 

この戒めを当時識字率が低かったということもあって、なじみやすい猿の彫刻を見れば、

親が子供に対し説明できると思ったのではないでしょうか。

 

江戸時代、領民は領主の物という考えが根深く、幕府を批判してはいけないという教えで、

幕府のやっていることを否定も批判もせずに受け入れろ。と

そんな考えも含まれているのではないかと思います。

 

幻の4匹目の猿の意味と存在とは?

4匹の猿

おや?と思いませんでしたか。

四つの戒めなのになんで3匹の猿なの?

 

4匹じゃないの?って。

 

実際に四猿の彫刻は残っているんです。

 

三匹の猿は、それぞれ目、耳、口をそれぞれ隠しているのはお分かりだと思いますが、

最後の四匹目の猿は股間を隠しているという説があるんです!(汗)

 

孔氏が言った

「礼節にそむくことに注目してはいけない。礼節にそむくことに耳を傾けてはいけない。礼節にそむくことを言ってはいけない。」

の4つ目、ここ注目ですよ!!!

 

礼節にそむくことを行ってはいけない。というのは

性的な事をしてはいけない、浮気をしてはいけない!

という意味になるそうです。

 

ただ幼少の頃から浮気を禁止っていうのはいささか早いようなッ(笑)気がすっけど。

 

もう一つは四=死を連想させて家康公が眠っているのに縁起が悪いということで三猿になったという説。

個人的にはこっちの意味合いが強いような気がします。

 

ただ、前者の方が好きです!

 

英語のスペルと意味は?

疑問

英語で表記すると、

Three wise monkeys(3匹の猿が両手でそれぞれ目と耳と口をふさいでいる) 

という意味で、

 

「見ざる、聞かざる、言わざる」は

see  no  evil, hear no evil, speak no evil(悪を見ず、聞かず、言わず)

という意味になります。

 

いつ、誰が作った?重要文化財の理由は?

why?

三猿を含めて、神厩舎に飾られてある8枚の猿は作者不明となっています。

 

日光東照宮が建てられたのは1636年、

官営の大造替で20万人ほどの彫刻士が集められたと言われています。

 

ある説では眠り猫を彫った、

左甚五郎が彫ったのではないかと言われています。

 

私個人としては左甚五郎が彫ったのではないかと思いますが。

どことなく、眠り猫なんかと彫り方が似ていると思いませんか?

まあ、素人目ですが。

 

重要文化財と国宝の違いは

大変曖昧で明確な定義というものはされてありません。

 

ただ、眠り猫の場合は

作者が左甚五郎とすでに判明しています。

 

しかし、三猿のほうも作者が確実に分かっていたら、国宝になっていたのかも。と思いますけどね。

 

最後に

芸術一つとってもその当時作った権力者の意向が反映しているんだなと思いました。

この近代はヨーロッパの方でも絶対王政が敷かれていたし、どの国も考えることは一緒。

世界的にも有名な三猿。日本好きの外国の方がいたら是非、写真にとって見せてあげましょう。

きっと喜ばれると思いますよ。

 

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